紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

一日一句 190

2024年6月 6/1六月や無限列車にまたも泣く 6/2回復に向け米の飯食べる六月二日 6/3押し二人に出会ふ六月三日 6/4病み上がりのリハビリで海へ梅雨入り前 6/5鉢植へへの衝動抑へ梅雨入り前 6/6病後の出勤ハイになる薄暑かな 6/7美しい水色と出会ふ初夏の午後 …

一日一句 189

2024年5月 5/1五月とは思へぬ雨の冷たさや 5/2寒くとも裏起毛避ける五月朝 5/3光満ち眩しき世界憲法記念日 5/4オフの朝湘南ファンタジーのかおりに酔ひて 5/5母と飲む新茶優しくまろやかで 5/6コンテナを引く黄金週最終日 5/7若葉雨ジェリーフィッシュの浮…

一日一句 188

2024年4月 4/1にんたまと走るエイプリルフールの朝 4/2朝蕾も見えず夕には花満開 4/3気まぐれに散歩してみる花の雨 4/4夜桜になるまで歩く帰り道 4/5花冷えや飲み会の企画盛り上がる 4/6初めての仕事にとまどふ花曇り 4/7満開も花より映画の日曜日 4/8遠目…

一日一句 187

2024年3月 3/1ひなあられ分け合ふ職場の休み時間 3/2美青年が「エゴい」と言ふCM弥生かな 3/3涙する映画を二本雛の日や 3/4夕刻から花粉症酷くなる三月四日 3/5啓蟄や煉獄さんと「うまい!うまい!」 3/6三月の水曜に二本映画観る 3/7尻締めて片足に乗る春…

乙字ヶ滝 芭蕉句碑 案内板

案内板「 元禄二年(西暦一六八九年)陰曆四月二十九日(陽曆六月十六日) 『おくのほそ道』行脚の途中、七日間滞在した須賀川の相楽等躬宅を馬で発った芭蕉と弟子の曽良は、折からの五月雨で増水していた阿武隈川を渡ってこの 地を訪れ、 五月雨の滝降りうづむ…

口を開けて子等 (郡山市田村町岩作)

案内板「 口を開けて子等 守山あたり 昭和四十年代、俳人加藤楸邨は奥の細道をたどる旅に出ている。 その様子を『奥の細道吟行』に次のように記している。 私どもも七月七日守山に向かう。新暦で七夕を祭る家もある とみえて子供たちが竹を担いで通る。 芭蕉…

乙字ヶ滝 滝見不動堂由来

案内板「 瀧見不動堂由来 本尊不動明王藝大師御作 御丈二尺 今は昔空海上人巡化して此地に来り稀有の霊だ此○りとして錫を畄められ(留められ)衆生済度し玉うこと年あり 遂に手づから不動明王の御像を彫刻なし御堂に安置し玉う時に大同三年四月八日なりとす名…

須賀川一里塚

案内板「 国指定史跡 須賀川一里塚 指定年月日 昭和十一年九月三日 文部省告示第三一四号 所在地 須賀川市一里坦,高久田境 所有者 国・柳沼久忠 一里塚は、今から約四百年前の江戸時代に、当時の将軍徳川家康の命により全国の 主要街道を改修した際、江戸日…

旧水戸街道常夜燈

案内板「 矢吹町指定 重要有形文化財 旧水戸街道常夜燈 指 定 平成25年2月15日 所在地 矢吹町新町39番地 所有者 ふ矢吹町 占有者 根本精樹 この常夜燈は、文化8年(1811)に奥州街道中畑新田宿より水戸街道に 分岐する道路上に近隣住民によって建立されたもの…

大和内の天道念仏踊り

案内板 「 矢吹町指定民族文化財 大和内の天道念仏踊り 所在地 大和内地区 所有者 大和内地区 大和久の天童念仏踊り保存会 太陽の暖かい恵みと豊作を祈願して天道念仏踊りが、かっ て各地で盛んに行われ、とくに白河藩内は藩主の奨励もあっ て多かったようで…

卯右衛門茶屋と文七茶屋

案内板「 矢吹町文化財 卯右衛門茶屋と文七茶屋 所在地 矢吹町五本松 大和内七曲り地内は、明治の初めごろまで「富士見峠」と称され、現在も旧道が残っている。峠をこえて泉崎寄りに卯右衛門茶屋と文七茶屋の二つの茶屋が軒を連ね、旅人の往来の休み処として…

五本松の松並木

案内板「 矢吹町指定 天然記念物 五本松の松並木 所在地 矢吹町五本松 寛永12年(1635) 三代将軍徳川家光時代に、参勤交代が制度化し、全国街道筋に松並木を植えさせた。 大名あるいは、旅人の往来はさかんになり、松並木は夏は陽をさけ、冬は風をよけて旅人…

泉崎村 踏瀬旧国道松並木

案内板 「 泉崎村指定天然記念物 踏瀬旧国道松並木 この道は、奥州街道(旧国道) として江戸と陸奥を結ぶ主要道として 使用されていました。 大名が江戸に出向く参勤交代の際や旅人がここを往来する際の日除け ・風除けとして、白河藩主松平定信が領内の街道…

武光地蔵(首切り地蔵)

案内板「 首切り地蔵(武光地蔵)の由来 江戸時代に造られた石地蔵で、むかし この付近に住んでいた長者の墓標ともいわれている。 ある時、仙台伊達藩の家臣で赤胴三五平という者が、主君の命を受けて江戸に向かう途中、夜中にここを通ると一人の美人に出逢っ…

白河市 宗祇戻し

案内板 「 芭蕉の句碑 早苗にも 我色くろき 日数かな はせを翁 松尾芭蕉(一六四四~一六九四)が、「おくのほそ道」紀行において、白河を越えて詠んだ句である。葉の色が若々しい早苗の時期でありながら、自らは旅立ち から日数を経て、日焼けで黒くなっている…

白河市 うたたねの森

案内板 「 転寝(うたたね)の森 江戸時代後期の文化二年(一八〇五)に完成した白河の地誌『白河風土記』によれば、源義家が 陸奥に下った際、林の下でしばらく休み、うたた 寝をしたことからこの名がついたと伝える。 また、『八雲集』にある清少納言曽弥の歌…

白河 鹿嶋神社

白河鹿嶋神社ホームページより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 〈御祭神〉 武甕槌命(たけみかづちのみこと) 〈御由緒〉 宝亀年間(770~780年)光仁天皇の御代この地に祭られ、弘仁2年(811年)坂上田村麻呂が東夷征伐の際、改めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社で、白河…

白川城

Wikipediaより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 白川城は、中世、白河荘を拠点として陸奥国南部を支配した白河結城氏歴代の居城跡であり[1]、1189年(文治5年)、結城朝光は源頼朝より白川の地を与えられた。その孫、結城祐広は、1289年頃にこの地に移住して、白川城を居城と…

関山満願寺境内の碑 「おくのほそ道の山」

「 奥のほそ道の山 「漂泊の思ひやまず」、「春立る霞の空に白河の関越えんとそぞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神の招きにあひて取もの手につかず」弟子の曽良を伴って、元禄二年(一八六九年)奥州へ旅立った芭蕉は、四月二〇日陽暦なら六月七日、白…

関山満願寺の銅鐘

案内板 「 国認定重要美術品《工芸品) 銅鐘(どうしょう) 認定年月日 昭和19年7月6日 所在地 白河市関辺関山 大きさ 総高 135cm 口径 106cm 満願寺(真言宗) に伝来した銅鐘で、寛文4年(1664) 10月、当時の白河藩主本多忠平(藩主在職=1662~1681) が寄進した…

庄司戻しの桜

案内板 「 白河市指定史跡 庄司戻しの桜(霊桜碑) 所在地 白河市表郷中野字正司戻五十八指定年月日 昭和五十五年三月十四日 治承四年(一一八〇)、源頼朝の挙兵を知り奥州平泉から鎌倉に馳せる源義経に対し、 信夫の庄司佐藤基治は自子継信・忠信を従わせ、決…

一日一句 186

2024年2月 2/1 軽やかに振り付けスケッチ寒稽古 2/2服装を褒められ寒の帰り道 2/3並んでもこの恵方巻欲しかった 2/4立春にワールドツアー鬼滅観る 2/5早春の雪滑りやすき帰り道 2/6二月の雪やみて出掛けるスイーツパラダイス 2/7久々に娘とランチ二月かな 2…

一日一句 185

2024年1月 1/1感動の映画を二本元日や 快晴の元日コロナも落ち着きて 1/2初詣して歩きに行く二日かな 雲切れて夕日に染まる初富士や 1/3富士を見て初ケンタッキー三日かな 山降りて正月の社に笛が鳴る 1/4階段の御慶高い所からすみません 1/5病室の清掃に入…

一日一句 184

2023年12月 12/1封切りの映画を梯子映画の日 12/2殻破る大人もこどもも師走かな 12/3新解釈「ナポレオン」 観る冬の午後 12/4師走朝時限爆弾のような音 12/5午後ずっと映画三昧師走かな 12/6久々に母とお茶する冬の午後 12/7腰痛の母をトイレへ冬の午後 12/8…

一日一句 183

2023年11月 11/1しのふれど十一月のバラの香や 11/2本番前ぎゅっと絞られ秋深し 11/3火の鳥の感動よみがへる文化の日 11/4ダンスジャム今年は四変化秋深し 11/5霜月やゴジラマイナスワン吠える 11/6暖かき霜月の朝空燃ゆる 11/7草の実を運ぶを喜ぶ農夫かな …

一日一句 182

2023年10月 10/1ハロウィンの「唱」の練習十月や 10/2針仕事思はぬ難航秋夜長 10/3乗り続け呪ひを回避ハロウィン 10/4改札内でキュートな食事秋の夜 10/5ひと月前レッスン白熱秋の夜 10/6秋の夜「フェイク」公演初日開く 10/7案内中衣裳褒められ秋の夕 10/8…

松尾芭蕉と相楽等躬

須賀川市内あちこちに物語ボックスというものが設置されていました。郷土の偉人を紹介するものらしく、表紙が1枚、物語が4枚、計5枚の紙芝居形式で作られていて、須賀川市公式ホームページによると、市内24ヶ所に設置されています。私が訪れた軒の栗庭園…

松尾芭蕉七泊八日の旅日記

芭蕉七泊八日の旅日記 元禄二年(一六八九)の 春、俳人、松尾芭蕉は、門人・河合曽良とともに、 江戸深川から、大垣まで 六百里(约二四〇〇キ口)に亘る「おくのほそ道」の 旅に出ました。 芭蕉四六歲、曾良四一歳のときです。 行程のほとんどが未知 の地であ…

十念寺

十念寺(浄土宗) 文禄元年(一五九ニ年)善竜上人の開山で ある。芭蕉が、「奥の細道」の 旅で須賀川に滞在しここの寺 に詣でたことで知られる。政二年須賀川の女流俳人市原 多代女によって、「風流のはじ めや奥の田植唄」の碑が建立されてある。 また、多代女…

神炊館神社 「奥の細道」碑について

「奥の細道碑」について 「宗祇戾(そうぎもどし)』(柿衛文庫蔵)は、宝暦四(一七五四)年、白河の俳人 和知風光が編集した俳句の本。挿図に松尾芭蕉の肖像と諏訪明神(神館神社)に 奉納されていた芭蕉真筆の句として 「うらみせて涼しき瀧の心哉」 に説明を加え…