紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

2024-04-09から1日間の記事一覧

白河市 宗祇戻し

案内板 「 芭蕉の句碑 早苗にも 我色くろき 日数かな はせを翁 松尾芭蕉(一六四四~一六九四)が、「おくのほそ道」紀行において、白河を越えて詠んだ句である。葉の色が若々しい早苗の時期でありながら、自らは旅立ち から日数を経て、日焼けで黒くなっている…

白河市 うたたねの森

案内板 「 転寝(うたたね)の森 江戸時代後期の文化二年(一八〇五)に完成した白河の地誌『白河風土記』によれば、源義家が 陸奥に下った際、林の下でしばらく休み、うたた 寝をしたことからこの名がついたと伝える。 また、『八雲集』にある清少納言曽弥の歌…

白河 鹿嶋神社

白河鹿嶋神社ホームページより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 〈御祭神〉 武甕槌命(たけみかづちのみこと) 〈御由緒〉 宝亀年間(770~780年)光仁天皇の御代この地に祭られ、弘仁2年(811年)坂上田村麻呂が東夷征伐の際、改めて常陸国鹿島大明神を勧請した神社で、白河…

白川城

Wikipediaより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 白川城は、中世、白河荘を拠点として陸奥国南部を支配した白河結城氏歴代の居城跡であり[1]、1189年(文治5年)、結城朝光は源頼朝より白川の地を与えられた。その孫、結城祐広は、1289年頃にこの地に移住して、白川城を居城と…