紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

2024-02-01から1ヶ月間の記事一覧

金沢市 野蛟神社(ぬづちじんじゃ)

j-sampo.comより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 野蛟神社(ぬづちじんじゃ)は、天平3年(731)に創立と言われる古社。御祭神は高皇産靈神、猿田彦神、事代主命、野椎神。加賀郡延喜式内社野蛟神社の比定社。神社の云われについて、「当時神谷内を中心とした付近一帯に疫病が流…

金沢市 尾崎神社

案内板 「 尾崎神社 当神社は天照大神、東照大権現(德川家康)、第三代加賀藩主前田利常を祀る。寛永二〇年 (一六四三)、東照大権現を祀ることを許された みったか 四代藩主光高が、金沢城北の丸に東照三所大権現社として建立。 徳川家葵の紋がところどころに…

加賀八家 奥村家屋敷跡

案内板 「 加賀八家 奥村家(宗家)屋敷跡 奥村家は、前田家が尾張(愛知県) 荒子城にあった頃よりの旧臣です。藩政時代は永福から栄滋まで 14代 を数え、禄高は数回の加増ののち1万7000 石を世襲しました。 加賀・能登・越中の要衝、末森城(現宝達志水町)城主…

願念寺

案内板「 松尾芭蕉。小杉一笑ゆかりの寺 願念寺 野町一丁目三の八二 蕉門の俳人・小杉一笑の菩提寺 境内に一笑塚がある。 また、元禄二年(一六八九年)『おくの細道』で来遊した松尾芭蕉が一笑の追悼 会に出席し、その死を悼み詠んだ 『つかもうごけ我泣く声…

本長寺 芭蕉句碑

案内板「 芭蕉句碑 『春もやや 気色ととのふ 月と梅』 元禄6(1693)年1月中旬、許六(注1)の江戸旅亭(井伊藩邸の 中にあった)で描いた俳画の画賛。 許六の『旅館日記』では『梅月』と題されている。この梅が紅梅 である事は『紅梅の画賛也』 とある 『続猿養』…

黒門前緑緑地 旧高峰家

案内板「 黑門前緑地〈旧高峰家·旧検事正官舎〉 この黒門前緑地は、平成七年(一九九五)まで、金沢地方検察庁検事 正官舎の敷地であったが、平成十三年(二〇〇一)、官舎の一部とその 土塀を廻らす屋敷構えを保存するとともに、金沢で育ち、アドレナリンや タ…

金沢くらしの博物館と金沢市立紫錦台中学校

金沢くらしの博物館ホームページより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 【三尖塔校舎(国重要文化財「旧石川県第二中学校本館」)】 博物館の建物は、明治32年 (1899) に石川県第二中学校の校舎として建てられました。入り組んだ屋根、玄関の車寄せ、上げ下げ窓、胴蛇腹、ランプ…

国史跡辰巳用水

案内板「辰巳用水は、江戸時代初めに金沢城の水利改善を主な目的として築造された、延長約11kmに及ぶ 用水です。築造にあたっては、小松の町人であった 板屋兵四郎が登用されたと伝えられています。 上流部は岩盤をくりぬいた隧道となっており、 よこ 壁面に…

金沢市 上野八幡神社

案内板 「 上野八幡神社 Uenohachimanjinja Shrine 約四百年間の神仏混淆の時代、医王寺と呼ばれていた。 天正年間(一五七三~九二)、能州石動山天平寺の僧・ 空山が後の加賀藩初代藩主・前田利家に内通し、石動 山の麓に建立したと伝えられる。 天正十二年(…

一日一句 178

2023年6月 6/1ダンス練お互ひ見せ合ふ六月や 6/2六月の嵐傘ごと飛ばされそう 6/3朝嵐帰りは爽やか初夏の晴れ 6/4しっかりと歯みがき虫歯予防デー 6/5開くと寒く閉めると暑い初夏の窓 6/6三姫でミッションクリア六月や 6/7ウッディーと追ひ駆けっこする薄暑…

陸奥国分寺薬師堂

宮城県ホームページより ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 指定文化財〈重要文化財〉陸奥国分寺薬師堂 陸奥国分寺薬師堂 重要文化財(建造物) 伊達政宗が泉州(大阪府)の工匠駿河守宗次等を招いて再建したもので、慶長12年(1607)に竣工した。屋根は入母屋造、本瓦葺。法5間…

陸奥国分寺跡 芭蕉句碑

案内板「 芭蕉句碑 (仙台市指定有形文化財 昭和五十一年七月一日指定) 『あやめ草足に結ばん草鞋の緒』とある。芭蕉は奥の細道の旅の途中、元禄二年(一六八九)五月五日から七日の三日間仙台に滞在したが、その時芭蕉を案内し、翌八日離仙の朝、『紺の染緒つ…

史跡 陸奥国分寺・国分尼寺跡

案内板「国分寺・国分尼寺の創建は、天平13年(741)に、聖武天皇が仏教によって国を治めていくために、60ヶ国ほどあった国ごとに七重塔を一基造り、僧寺と尼寺を設けるように詔(みことのり)を発したことに始まります?陸奥国分寺跡は大正11年(1922)に、陸奥国…

つつじが岡天満宮

案内板「 正宗が育んだ伊達な文化 つゝじが岡及び天神の御社 『つつじが岡』の一画に位置し、『天神の御社』と『おくのほそ道』 に記された榴岡天満宮の境内には、寛文7年(1667年)建立の 唐門、樹齢が約300年を超えるとされるシダレザクラ・シラカシの 老樹…

青葉山公園 大手門跡

案内板「 仙台城大手門は素木造(しらきづくり)二階建、屋根は入母屋造(いりもやづくり)瓦葺である。桁行が 65尺(約19.7m)、側面の梁間(はりま)が22尺3寸(約6.8m)、高さは約12.5m全国的にも最大級の城門であった。正面冠木(かぶき)に菊と桐の金箔押(きんぱく…

青葉山公園 二の丸跡

案内板「二の丸は寛永15年 (1638) 二代藩主伊達忠宗によって造営された。二の丸の御殿(ごてん)部分への入口は詰門 (つめのもん) と呼ばれ、瓦葺(かわらぶき)で平屋造(ひらやづくり)ではあるが、棟の両端に鯱瓦(しゃちがわら)が堂々たる門であった。この門を…

芭蕉の辻

案内板「 芭蕉の辻 ここは、仙台城 の大手から城下を東西に貫く幹線大町と、南町、国分町 を通る奥州街道 の交差する十字路に当たり、古くから芭蕉の辻 と呼ばれてきた。 この名称の由来は、かつてここに芭蕉樹があったがためと言い、また繁華な場所ゆえの「…