紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

須賀川市 可伸庵跡

 

可伸庵跡

 元禄二年(一六八九)四月二十二日(陽曆六月九日)、松尾芭蕉と門人の河合曾良は、おくのほそ道の旅の途中 で、旧知の仲にあった相楽等躬を訪ねました。須賀川に は八日間滞在し、近隣の寺社仏閣を訪れ、また地元の排人たちとの俳諧を楽しみました。

 可伸庵跡は、等躬の屋敷の一隅に隠棲した僧・可伸(栗斎) 庵跡です。

 「おくのほそ道」では、芭蕉が可伸庵を訪ねて、「此宿 の旁(かたはら)に、大きなる栗の木の木陰をたのみて、世をいとふ僧有」と書留めています。

 芭蕉は、可伸の関寂な暮らしぶりに深く心をうたれ、
「隠れ家や目だたぬ花を軒の栗」と発句を詠んでいます。

 この句を受け、曽良須賀川俳人(等躬・栗斎・等雲・須竿・素蘭)で七吟歌仙を巻きました。のちに、この句は、

「 世の人の見付けぬ花や軒の栗」と推敲されています。

「軒の栗」の句碑は、文政八年(一八二五)に須賀川俳人石井雨考が建立しました。

         須賀川市