紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

浅間山古墳

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案内板
浅間山古墳(せんげんやまこふん)

町指定文化財
昭和37年2月22日指定

浅間山古墳は、上里町東部から本庄市西部の本庄台地の先端部に広がる旭・小島古墳群を構成する1基です。墳形は直径約38メートル、高さ約6メートルの円墳と考えられます。主体部は角閃石安山岩(かくせんせきあんざんがん)を使用した胴張両袖型(どうはりりょうそでがた)横穴式石室です。石室の規模は、全長約9・48メートル、埋葬部にあたる玄室(げんしつ)は長さ6・48メートル、奥壁幅2・2メートル、最大幅2・4メートル、天井部高2・5メートルです。入口にあたる羨道(せんどう)は長さ約3メートル、幅1・2メートル、高さ1・8メートルです。

出土遺物は、昭和2年に玄室の一部が露出した時 鉄矛 てつ ぞく に出土した直刀2、鉄鉾1、金環(耳環)5、玉類、鉄鏃 多数(現在東京国立博物館収蔵)昭和63年から3回 行われた範囲確認調査で、直刀4、鉄鉾1、鉄鏃(てつぞく)多数、 須恵器平瓶(すえきひらべ) 、銅鋺 (どうわん)1が出土しています。(上里町立郷 土資料館保管)。特に銅鋺は 、仏教文化との関係から 注目される出土品です。築造時期は、出土遺物など から古墳時代終末期の7世紀後半に築造され8世紀 初頭まで墓として使用 されていると考えらます。

上里町教育委員会