車返しの坂
案内板
「 車返しの坂
南北朝の昔、粋狂な人もいたものです。 不破の関屋が荒れ果て、板庇から漏れる月の光が面白いと聞き、わざわざ都から牛車に乗ってやって来ました。 その御人は公家の二条良基という人。
ところがこの坂道を登る途中、屋根を直したと聞いて引き返してしまったという伝説から、この名でよばれるようになったのです。
関ヶ原町 」
二条良基は、 物好きというか、拘りの風流と申しましょうか。