岡 朝子の俳句と街道歩き旅

Yahooブログで文章置き場にしていましたが、引っ越してきたので、その後の俳句もぼちぼち更新していきたいと思います。

二宮から小田原へ

2度目の東海道3日目の4

3月24日(日)の4

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【二宮斎場前の松】

昔ながらの松が3本以上残っていると松並木で、1、2本だと名残の松というのでしょうか?

あちこち見たけれど、必ずしもそうではないところもありましたが、概ねそんな感じではないかと。

立派な松があるなあ、と思ったら、二宮斎場前でした。

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【塩梅の名残】


11:38 塩梅の名残
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古来、この地では製塩が行われていたそうです。

その先で塩梅橋を渡ります。
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「あんばい」と読むのだと思っていたら、この辺りは「しおみ」と言うらしい、という説もありました。

「塩梅の名残」という棒杭ひとつ。東海道ウォーカーを悩ませる場所です。

写真は、その先、吾妻神社交差点付近の分岐です。
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【吾妻神社】

11:58 吾妻神社の鳥居。
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吾妻をは吾妻山自体が多分ご神体なのかな。弟橘媛を祭っているそうです。

この辺りの海岸は袖ヶ浦

ヤマトタケル東征の時、船が嵐に遭い、ヤマトタケルの妻の弟橘媛が海に身を投げて嵐を鎮めたという物語が古事記に載っています。

千葉県の袖ヶ浦説と、ここの袖ヶ浦の説があるようです。


【ヤマニ醤油蔵元と梅澤橋跡】

11:59 ヤマニ醤油蔵元
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株式会社ヤマニ醤油は、二宮に一軒だけの、江戸時代から続く醤油蔵元です。

マイナビニュースより
2007/12/13

(取材当時創業165年)

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江戸時代から伝わる杉樽がお出迎え


小さな蔵だからこそ作れる醤油がある


ヤマニ醤油の醸造は、蒸した大豆と煎った小麦を合わせたところに種麹(たねこうじ)を混ぜて麹をつくるところからスタートする。「麹を見れば、醤油の出来がわかってしまう。つまり、麹づくりがうまくいけば、いい醤油になるんです。麹の温度が30度前後を維持するように気を配りながら、3日3晩かけて麹を作ります」。

天然塩を地下水に溶かした 食塩水とともに、出来上がった麹を杉の木樽へ入れる。麹が発酵してもろみとなったら、あとは週に1、2回ほど撹拌しながら、ゆっくりと時間をかけて熟成させる。

大手メーカーの一般的な醤油は3~6カ月の短期醸造で完成してしまうが、ヤマニ醤油の場合はその2倍、約1年3カ月もかかる。醸造のスピードをアップさせるような酵素食品添加物の力を借りることもなく、あくまでも天然醸造を貫いているからだ。

「醤油メーカーは全国に1,500軒ほどありますが、大手メーカー5社が醤油シェアの大半を占めているのが現状。だからうちのような小さい蔵は、手作りにこだわって、昔ながらの醤油を醸造していくしかないんですよ」。

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「」内の言葉は当時 74歳の五代目当主宮戸貞夫さんですが、当時、後継者がいないとのことでしたが、その後どうなったのでしょうか?


12:03 梅澤橋跡
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【樹齢400年の藤】


12:05 藤巻寺
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境内には樹齢400年の藤があるので観に行きました。
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今の時期はただの枯れ木でした。咲いているところを見てみたいな。

二宮町観光ナビより

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等覚院の境内にあるフジの木は、推定樹齢・約400年とされています。花は紫白の二色あり、毎年4月の半ば頃に咲きます。1660年頃、仁和寺の宮が関東に下向した際に当寺へ立ち寄り、藤の花の美しさをめでて「藤巻寺」の別号を与えました。
等覚院の藤の木は昭和49年に町の天然記念物に指定されています。花の咲く頃には町内外から多くの人々が訪れます。藤見の会がもようされます。
見頃は、4月下旬~5月上旬

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【梅澤の一里塚跡と川勾川】


12:12 道祖神
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たくさんの道祖神も気になりますが、金目の煮付けの赤い幟旗がとっても気になります。

ここいら辺りは、金目鯛、美味しいに違いありません。

12:19 二宮の一里塚跡
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日本橋から18里目。

12:25 川勾(かわわ)川を渡ります。
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小田原市二宮町、出たり入ったり】

12:28 道祖神
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今歩いている、湘南バイパスと平行の道は、二宮と小田原が飛び地状態らしく、出たり入ったり。
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【押切坂】

2008年9月30日に歩いた時は、ブログにこんな風に書きました。

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【 押切坂とサザエの壁】

一旦国道に合流して、またしばらくすると左に押切坂があり、下って行くと、入り口の階段の両サイドの壁にサザエをたくさん埋め込んである家がありました。
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栄螺に銀色に光る塗料でも塗ってあるのかと思ったら、サザエ本来の輝きでした。一種の螺鈿ですね。

その先に一里塚跡。

押切坂はかなりの急坂。下に見える国道に落ちていく感覚です。

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ところが、押切坂付近、すっかり変わっていました。

傾斜もないわけではありませんが、やや緩くなり、楽しみにしていたサザエの壁はなくなっていました。

ガイドブックに書いてある、茶屋本陣跡、稲荷神社、男女双体道祖神も見あたりませんでした。


本日の5【小田原宿】に続く
https://asiandream0804.hatenablog.com/entry/2019/10/14/183659