紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

有田屋・便覧舎跡

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株式会社 有田屋ホームページより

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江戸時代,中山道の宿場町として栄え、山紫水明の郷として知られる上州安中。美しい山々と清らかな水が流れる川が私たちにもたらしてくれたのは、醤油づくりに適した上州の豊かな風土と天の恵みでした。

有田屋は、天保三年(1832年)、上州安中の地に創業いたしました。以来180余年もの間、昔ながらの天然醸造の製法にこだわった醤油を作り続けています。語り継がれる味、そして語り継がれてゆく味。伝統の味を守りつつ新しい試みを繰り返しながら、「ありのまま」の醤油の味わいを今に伝えています。

日本人の心の味、醤油の真の味わいを守ってゆきたいと願って、今日も努力を重ねています。

有田屋 当主

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便覧舎跡

安中市ホームページより

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湯浅治郎は明治5年(1872)、私費を投じて和漢や西洋の古書や新刊書を購入し、約3千冊の本をそろえて通俗図書館便覧舎を創設しました。便覧舎は無料で利用でき、自由な閲覧が可能。人々は一心不乱に本を読み、新しい思想を身につけようとしました。これが民間人が創設した最初の図書館です。その後、便覧舎は明治20年(1887)の火災で全焼してしまい、現在はその存在を示す「碑」があるだけとなっています。

石碑
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【右側面】
湯浅治郎設立 日本最初の図書館と云われる東京書籍館の創立と同年なり 図書三千余無料で自由に閲覧させた
【正面】
便覧舎址
【左側面】
明治五年(一八七二)建設
明治廿年(一八八七)焼失

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案内板
「 便覧舎

明治5年(1872)、有田屋3代目当主の湯浅治郎が 日本で初めて設立した私設図書館。蔵書は、和、漢、 洋に亘り3000冊、誰でも自由に無料で閲覧できた。 又、同志社大学設立者の新島襄先生より感化を受けた 男 16名、女14名の人々がキリスト教の洗礼を受け、 安中教会設立の原動力となったのもこの場所である。 明治20年(1887)の大火で建物は消失し、現在は碑 が残るのみである。

株式会社 有田屋 」