紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

間の宿山中 高札場跡

間の宿山中 高札場跡

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案内板
「 高札場跡

当地は江戸から五十八番目の関ヶ原宿と、五十九番目の今須宿の中間に位置し、休憩施設の立場茶屋が設けられていたことなどから、俗に間の宿と呼んでいた。
かつて当山中村は江戸時代を通し、旗本竹中氏の知行地で、ここ千束橋詰には高札場が設置されていた。徳川幕府の庶民統治上の禁制品、法度(はっと)、掟書(おきてがき)などがかかげられ、人だかりがよく見られる場所であった。
当時は竹囲いをめぐらし、石垣や土盛り(どもり)を施すなど管理は厳重で、責任者には村役人を命じ、周囲の清掃をはじめ、火災時には狼藉者の取り締まりにも当たらせていたのである。
関ヶ原町 」