紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

走しば邑道標

走しば邑道標

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案内板
「 石柱道標(町史跡)

明治二十五年に賤母(しずも)新道が開通するまで、馬籠〜妻籠〜三留野(みどの)を通る中山道は、古くから幹線道路として重要な役割を果していた。ことに妻籠の橋場は、『追分』とも呼ばれ、中山道飯田街道の分岐点として栄えた所である。
この道標は、飯田の皆川半四郎という人が発起人になって、当所の松井輿六・今井市兵衛・藤原彦作の世話人とともに、飯田・江州・地元の商人によって、明治十四年六月に建てられたものである。当時の繁栄が伺われる石柱である。 」