中山道和田宿公式サイトより
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「脇本陣跡」
和田宿に二軒あった脇本陣のうちの1つで、歴代翠川家が勤めました。
屋敷は文久元年(1861年)の大火で焼失(和田宿内では本陣を含め109戸が全焼した。) しましたが、数ヶ月後に皇女和宮が和田宿に宿泊することかが決定していた為、急遽和田宿 全体が再建され脇本陣も建築されました。 現在の建物は当時の御殿部分で、上段の間、 二の間、など格式の高さが感じられる部分や風呂や厠なども残り上田、小県地方唯一の 脇本陣の遺構として大変貴重な建物です。
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