蛙不鳴池および首洗い池
案内板
「 蛙不鳴池および首洗い池
西方に見える池を蛙不鳴池と云い、この池は、元暦二年(1185)源義経が平家の大将、平宗盛とその子清宗を処刑したその時その首を洗った『首洗い池』と続きで、以後 蛙が鳴かなくなったとの言い伝えから、蛙鳴かずの池と呼ばれている。別名、帰らずの池とも呼ばれ、その池の神が日に三度池に陰を映されたのに、お帰りを見た事がないとの言われからである。
昔は横一町半(約二二〇m)あった。
首洗い池は、蛙不鳴池の東岸につながってほぼ円形をしていた。
最近までその形を留めていた。