大井宿問屋場は本町上(上問屋)とここ(下問屋)の二か所にあった。
問屋場は人や荷物の継立事務を行うところで、宿役人(問屋・年寄)や下役人(人足指・馬指・書役など)が月を半分にして、上問屋と下問屋に交代して勤務していた。
宿役人は、大井宿が幕府の命により毎日用意している人足50名と、馬50頭を使い、これでも不足するときは助郷村の人馬を集めて、隣宿の中津川宿や大湫宿まで、主として公用客の輸送にあたっていた。
(大井宿助郷村=東野村・正家村・中野村・永田村・姫栗村・毛呂窪村・蛭川村・ほかに恵那郡内七か村)