紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

三猿塔の由来

案内板
「   三猿塔の由来

奈良朝の昔、此の辺の交通は至極難渋であって、警告を渡る事などは思いもよらなかった。
茲に桂川渓谷は、奥は小金沢から大菩薩峠に続く大幽谷で、当時此の辺は老樹うっそう昼なほ暗き原始林に覆われていた。猪や鹿、ことに山猿は群れをなしていた。或る日白毛の老猿が、欅の枝に吊下ると小猿共は互いに手足をつないで向岸の藤蔓にとびつきながら懸橋の形となり、それをたよりに両岸を往来した。之にヒントを得た、百済の造園の博士、芝蓍麻呂(しきまろ)が構築したのが、日本三奇橋の一ツと呼ばれるこの猿橋であるとの伝誦(でんしょう)から現在白猿の霊像が祀られている。茲に三猿の塔を造成しその霊徳を萬世に伝へる事にした。
かって詩人野口雨情は此の地に遊び
 甲州猿橋 お山の猿が
    お手々つないで かけた橋
             と唄われた。

  昭和三十五年四月
     大月市観光協会猿橋支部建之 」