紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

山中薬師 狐こうやく

狐こうやく
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案内板(後半)
「 又落合宿名物『狐膏薬』は薬師如来の夢のお告げで作られたと伝えられ、當時の看板―

御夢想 狐かうやく 十国峠 医王寺

も残っている。

十返舎一九の木曽街道続膝栗毛六編下巻に
『サア サアお買いなさってござりませ當所の名宝〔狐膏薬〕は道中のお足の痛み、金瘡、切疵、ねぶと はれもの
ところきらわずひとつけにてなおる事うけあい、他に又
〔すいがうやく〕のすいよせる事は金持の金銀をすいよせ、ほれた女中方をもびたびたとすいよせる事奇妙希代おたしなみにお買いなされ』と膏薬の効能をはやしたてて売ったと狐膏薬について書かれている。 」


金瘡=刀、槍など、金属でできた傷
切疵=切り傷
ねぶと= もも・尻など、脂肪の多い部分に多くできるはれもの。化膿 (かのう) して痛む。かたね。(goo辞書より)

enasan-netより

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ズイトンさんのきつねこうやく
 むかし、山中の医王寺に、ズイトンさんというおしょうさんが住んでおったそうな。とても気のいいおしょうさんで、村の人たちはもとより、うら山のきつねやたぬきにも、ズイトンさん、ズイトンさんと大へんしたわれておったと。
 さて、きょうも朝のおつとめをすませたズイトンさんは、庭そうじをやっておった。ズイトンさんも年での、このところ、かがんでいると腰が痛いので、ゆっくりとていねいに庭をはいておったそうな。すると、本堂のうらの方から何やら苦しそうな鳴き声が聞こえてきた。
「キューン、キューン」
 はて、いったいどうしたのだろう。うら手へまわってみると、その声はやぶの中から聞こえてくる。ズイトンさんがやぶをかきわけ行ってみると、何と、一匹のきつねがいかにも苦しそうにうなっていた。
「おおよしよし、どうした、どうした。」
 きつねをそっとだきあげてみると、足に大きなとげがささっているではないか。
「こんなに血が出て、痛かったろうに。」
といいながら、ズイトンさんはその大きなとげをぬいてやった。
「さあ、もうだいじょうぶ。」
 そういうと、きつねは、うれしそうにズイトンさんの顔を見ておったが、やがて、びっこをひきひき山の中へ消えていったそうな。
 この山中の医王寺は、落合と馬籠を結ぶ十曲峠の途中にあって、大へん淋しいところでの、昼間でもきつねやたぬきをよく見かけたそうな。だから、夜なんぞはまさに動物の世界。お寺がまるで動物たちの集会所のようなものでの、いつもちょうどズイトンさんが床に入る頃になると、動物たちがやってきて、
「ズイトン、ズイトン」
と、大合唱になったそうな。
 なに、ズイトンというのはの、庫裏の戸にしっぽをつけて「ズイッ」とこすってから、「トン」とたたくと、「ズイトン」と聞こえるっちゅうわけさ。
 ズイトンさんを呼びだしていっしょに遊ぶつもりやったかしらんが、なにしろ夜中のこと、そんなわけにはいかん。ズイトンさんも初めのうちはなかなか寝つけず困っておったが、そのうち慣れてしまってな、きつねどもがいくらさわいでも、平気で眠れるようになったと。
 さて、ある晩のこと。その日は、夕方近くからゴトゴトと戸をきしませる風が吹いていた。もう秋が近いのか、すきま風が肌寒く感じられての、ズイトンさんは何となく寝つけなかった。きつねのさわぐのには慣れっこになっていたのに、雨戸のきしむ音が気になって、うつらうつらしておったと。
 そのうちに、ズイトンさんは、はっとした。雨戸の音がさっきとはちがう。耳をすますと、
「トン、トン、トン」
と、玄関の戸をたたく音がする。
 これは、いつも私が相手にならんからいたずらがひどくなったのか、と思ったズイトンさんは、ふとんを頭からひっかぶった。けれども、
「トン、トン、トン、ズイトン、ズイトン」
と、まだ聞こえるんやと。
 うるさくなったズイトンさんは、しかたなく起きて玄関へいき、戸を開けてみた。すると、まあ、この間のきつねが、ちょこんとすわっておったと。
「どうしたんだ、こんな風の晩に。」
 びっくりして聞くと、
「おしょうさん、この間はどうもありがとうございました。おかげで傷はすっかりなおりました。お礼に、よく効くこうやくの作り方を教えてあげましょう。おしょうさんは、腰が痛くて困っているのでしょう。」
といっての、ズイトンさんにこうやくの作り方をくり返しくり返し、ていねいに教えてくれたと。
「まず、マムシグサの根っこの、まあるいやつをすりつぶす。そこへオオバコのたねとキツネノマゴの葉をすりつぶして混ぜる。次はモーチを入れてよくねり合わせる。それと油を、布きれにぬりつけて、痛いところにはれば、たちどころに痛みがとれます。」
 ズイトンさんは、きつねの話を聞いているうちに、汗びっしょりになっていたそうな。いつのまにか、床の中で、こう薬の作り方を何回もくり返していっておったと。ズイトンさんがこう薬の作り方を一口いうと、きつねがまくらもとでうなずくというふうに、くり返しくり返しして、とうとうこう薬の作り方を覚えてしまった。
 と、急に部屋の中が明るくなったので、ズイトンさんは、はっと目をさました。あたりを見まわしたが、きつねの姿はどこにもなく、体じゅうがべっとりと汗ばんでおったと。もう、夜が明けていたそうな。
「夢だったのか。」
 でも、こう薬の作り方をはっきり覚えておる。ズイトンさんは、すぐに起きて、きつねの教えてくれたものを集めてきた。そして、ならった通りにしてこう薬を作っての、さっそく自分の腰にはってみると、腰痛がうそみたいにすっとなおってしまったと。
 よろこんだズイトンさんは、さっそく山門に『御夢想 狐こうやく』と看板をあげ、狐の絵もそこへほりこんだと。
 これが、大へんよく効くと大評判になっての、村の人はもちろん、旅人から伝え聞いて遠くからわざわざ買いにくる人が絶えなんだそうな。

文・笠木 由紀子
絵・高橋  錦子


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