紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

笠取峠の一里塚跡

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案内板
立科町文化財
一里塚(笠取峠)

 中山道 は、中仙道とも書くが享保元年(1716)に東山道の中枢の道であることから、中仙道と呼ぶとあり、また木曽を通るので木曽路ともいわれ、五街道の内では東海道に次いで、江戸京都を結ぶ主要路線であった。一里塚 は、この道一里間につくられた道標の遺跡である。当時の輸送が宿ごとに荷物をつけかえる習慣から、輸送距離を知るための路程道標でもあったとされ、その目じるしに松の木などが植えられた。この笠取峠の一里塚にも赤松が植えられ、その大木が今なお当時の街道の面影を残している。

立科町教育委員会
立科町文化財保護委員会 」