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真光寺の鐘は、原市の仁井与惣衛門が真 真光寺に寄進した鐘で、安中藩第12代藩主 板倉勝暁の代に「時の鐘」として許可され、鋳直(いなお)して鐘楼を建て直し、天明元年(1781年)7月2日に撞き始めが行われました。
真光寺は天保3年(1832年)に本堂、鐘楼が焼失しましたが、その後も時の鐘として、男二人を雇い昼夜怠らず時を知らせ続けました。このような由緒から第二次世界大戦においても供出を免れることができ、安中市ではこの鐘と、板鼻の称名寺の鐘、下秋間の桂昌寺の鐘の3つが供出を免れています。
真光寺の鐘(時の鐘)は、現在、お堂の傍らに建っていますが、かつては中山道からの入口すぐ東側にありました。
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