紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

二度目の中山道歩き24日目の5(赤坂宿)

二度目の中山道24日目の5
2020年10月11日(日)の5


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ゲンジボタルモニュメント】

15:34 美濃路追分とゲンジボタルモニュメント
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「交通安全」と書いてある灯籠の左面に「左 なかせんどう」、右面に「右 おおがき道」と書いてあります。

ゲンジボタルモニュメント
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案内板
「このオブジェは、中山道
赤坂宿をイメージし、
地域素材である石灰岩
ホタルを生かし、地域住民の
皆さんと共に赤坂まちづくり
楽校で製作したものです。
ここは 中山道

モニュメントのゲンジボタルはスリッパぐらいの大きさで、ホタルの儚いイメージとはかなり違っていました。

15:35 杭瀬川 ゲンジボタル生息地
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「大垣・西美濃観光ポータル『水都旅』」より

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初夏の風物詩として有名な杭瀬川のホタル。杭瀬川に生息するホタルはゲンジボタルで市の天然記念物の指定を受けています。ホタルが乱舞するその光景は感動的です。

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実は、杭瀬川のゲンジボタルの案内板があったそうなんです。見つけそびれました。

他のブログ(「鬼丸のブログ」)からお借りしてきました。ありがとうございます。

案内板
大垣市指定天然記念物
杭瀬川の蛍

 市内北西部に位置する南市橋町の中央を流れる杭瀬川とその支流である奥川には、ゲンジボタルが生息しています。
ゲンジボタルは体長が十二~十八ミリメートルにもなる我が国最大のホタルで、広く本州・四国・九州に分布しています。
幼虫のときから清流に住み、カワニナやタニシなどの巻き貝を食べ、水中で過ごします。成虫は五月下旬から発生し、卵、幼虫、蛹、成虫と生涯を通じて発光します。
戦後の急激な河川汚濁や乱獲に伴い、一時期絶滅の危機に瀕していましたが、地元自治会らの尽力により環境整備が図られ、美しい姿が再び見られるようになりました。

大垣市教育委員会

赤坂大橋で杭瀬川を渡りました。


【赤坂湊跡】

15:41 大灯台モニュメント
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15:41 赤坂湊跡
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ゲンジボタルモニュメント
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矢橋式日時計
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案内板
「 矢橋式日時計

日時計のみかた

この日時計は、上のひさし形をした板のかげが、午後1時までは左側、午後一條以降は右側の目盛にうつり、それで、そのときの時刻がわかります。
この半円形の目盛板は、その中心のまわりに回転させて、時計のくるいをなおせば、常に正しい時刻を示すことができます。 」

wikipediaより

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矢橋 徳太郎(やばし とくたろう、1916年 - 1996年)は、日本の科学者、天文学者愛知淑徳短期大学教授。「先祖は桓武天皇第二皇子の嵯峨天皇にまで遡る」矢橋家(岐阜県大垣市赤坂)の出身。岐阜天文台副理事長。岐阜天文台・母校愛知県立旭丘高等学校(愛知県第一中学校56回生)など全国200箇所程設置されており、世界最高の精度を誇る「矢橋式日時計」を考案した。

(中略)

金属盤を調整する事によっ て誤差をなくして正確な時刻を確認出来る様になっており、月日を合わせる事でほぼ正確な時間が分かる、「矢橋式日時計」を考案する。日時計ながら5分刻みという世界最高の精度を誇る。古代中国の火時計と並べて展示する近江神宮、岐阜天文台愛知県立旭丘高等学校校舎正面、高知城の丸の内公園など、全国に200箇所程設置されている。

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赤坂港会館
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大垣市ボートより

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赤坂湊跡に建つ洋風建築の赤坂港会館は、明治8年(1875年)に中山道と谷汲街道の分岐点に建てられた警察屯所でした。現在の建物は復元されたもので、内部は資料館となっています。赤坂湊跡はかつては水運で賑わい、500艘もの船が往来する川湊でした。しかし、美濃赤坂線の開通に伴い、合わせて下流に水門が建設されたことにより船の航行が困難となり廃絶しました。現在は親水公園として整備されています。

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「中へどうぞ」と声を掛けていただきましたが、時間も気になるし、コロナ禍であまり入りたくなかったのではいりませんでした。

15:44 浅間神社
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広重の赤坂宿
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赤坂港会館と浅間神社
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【赤坂宿中心部】

15:46 まちの家赤坂宿
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NPO法人まちの家赤坂宿ホームページより

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目的

自分達が年老いても、住み慣れたまちに暮らし続けられるため、住民ひとりひとりが自立した健康意識を持ち、世代を超えてお互いに支えあうことを目的として、主に

 ① 健康づくりの拠点
 ② 相互協力体制づくりの支援

 の活動をしています!

(中略)
           
 まちの人たちがみんなキラキラ輝いていられるために、誰もが気軽に立ち寄れ、立ち寄る前よりちょっと元気で帰っていけるそんな場づくりを目指しています。

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15:48 東海道線踏切を渡りました。
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15:48 赤坂本町駅跡
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坂本町駅跡

wikipediaより

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坂本町駅(あかさかほんまちえき)は、かつて岐阜県大垣市赤坂町にあった西濃鉄道市橋線の駅(廃駅)である。

概要

西濃鉄道は、現在旅客扱いを行わない貨物専業鉄道となっているが、戦前・戦中にあたる1930年(昭和5年) - 1945年(昭和20年)の間は鉄道省初のガソリン気動車を用いて、鉄道省東海道本線支線(大垣駅 - 美濃赤坂駅間)に乗り入れる旅客列車を運行していた。当駅は同線の旅客営業開始の際に開設された旅客専用駅であった。

旅客列車は当初市橋駅までの運転を行っていたが、利用客がいないことから1935年(昭和10年)より当駅を折り返し駅とするようになった。戦時中の燃料統制により気動車の運行ができなくなったことから、旅客営業が廃止になったことで当駅も廃止になった。

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15:49 中山道赤坂宿散策マップ
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中山道赤坂宿散策マップ
「 赤坂宿

赤坂宿は、かつて中山道六十九次の57番目の宿場町として栄え、東西に連なる町筋には、本陣・脇本陣をはじめ旅籠屋17軒と商家が軒を並べ、美濃国の宿場町として繁盛していました。
現在もその古い建造物や数多くの史跡が多く残されています。また、赤坂宿には、谷汲街道・養老街道が通っており、分岐点である四ツ辻には道標が建てられています。
明治年間には杭瀬川の豊富な水量を利用した舟運交通が最盛期を迎え、赤坂宿の東端にある赤坂港が重要な役割を果たしていました。


①赤坂港跡(あかさかみなとあと)

1530年まではここが揖斐川の本流でした。明治になって500隻余の船が切開を運ぶために利用していました。現在は親水公園として親しまれています。


②赤坂本陣公園(本陣跡)

江戸時代大名が参勤交代など通行の際宿泊した本陣(高級旅館)があったところ。敷地約800坪、建坪239坪、岐阜県では中津川についで2番目の大きい。1861年10月皇女和宮が将軍家茂に嫁ぐ際にも宿泊しました。現在は建物もなく、公園として整備されています。中には新しく幕末の志士、所郁太郎の功績を顕彰した銅像和宮を偲ぶ顕彰碑があります。


③四ツ辻周辺

谷汲道標をはじめ、矢橋家や脇本陣、本陣跡など歴史的な建物や史跡が集積し、宿場風情が最も色濃く残っています。


お茶屋屋敷周辺

お茶屋屋敷は徳川家康が上洛のために作った休憩宿泊所。中山道に唯一残る史跡。その東側の脇道は生垣や庭木などが多く緑豊かな景観があります。


⑤旧街道の景観(宿場景観)

赤坂地区は、東西に走る旧中山道、四ツ辻から北に伸びる旧谷汲街道、南に伸びる旧養老街道の3本の旧街道によって形作られています。旧街道沿いには宿場町としての歴史を伝える建物が数多く残されています。特に、四ツ辻以西では統一された屋根並みを見ることができます。 」


15:50 本陣跡
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15:50 旧清水家住宅
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大垣市ホームページより

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旧清水家住宅

旧清水家住宅は、赤坂宿のほぼ中央に位置する古い商家の建物です。

享保15年(1730)もしくは安永4年(1775)建造と伝えられる主屋は、軒高の低い切妻造り2階建ての建物です。坪庭北側には、明治13年(1880)建造の墨書が残る土蔵があります。

赤坂宿内に現存する建造物の中で最古級の町屋遺構であり、様式や技法の観点から文化財的な価値が高いものです。

旧清水家住宅は、歴史的建造物として保存・公開するとともに、住民などによるまちづくり活動の拠点施設としても利用されています。

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【四ツ辻付近】

15:52 谷汲道道
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赤坂宿案内板
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案内板
「 赤坂宿

東 美江寺へ二里八町
西 垂井へ一里十二町

 近世江戸時代五街道の一つである中山道は 江戸から京都へ百三十一里の道程に六十九次の宿場があり 美濃赤坂宿は五十七番目に当る
大名行列や多くの旅人が往来し また荷物の輸送で交通は盛んであった
町の中心にあるこの四ツ辻は北に向う谷汲巡礼街道と 南は伊勢に通ずる養老街道の起点である
東西に連なる街筋には 本陣脇本陣をはじめ旅籠屋十七軒と商家が軒を並べて繁昌していた

昭和五十九年三月

史跡赤坂宿環境整委員会
大垣市赤坂商工会
大垣市


15:53 矢橋家住宅 大型町屋(国文化財)
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大垣市ホームページより

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矢橋家住宅は、中山道に北面する平入の大型町屋で、往時の赤坂宿の中心部の雰囲気をよく伝えています。天保4年(1833年)の建築とされる母屋は、長大な梁間に架けられた大屋根の瓦が威容を誇る一方で、2階の軒高が低い「つし二階」の技法が採られるなど、江戸時代末期の地方都市における大型町屋の特徴がよく表れています。正面外観は2階の軒裏や袖壁を黒漆喰塗りとし、窓は千本格子をはめる瀟洒な意匠となっています。

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駅への路地(矢橋家と隣の家の間の道を入って行きます)
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竹中邸
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大垣市ホームページより

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赤壁は、旧中山道赤坂宿の有力商家であった竹中邸の裏門で、養老街道沿いに位置する規模の大きな長屋門です。印象的な壁の色から地元では昔から「赤壁」として親しまれており、向かいの矢橋邸とともに趣のある景観をつくりだしています。べんがらを用いた赤色は皇女和宮の赤坂宿通行の頃に広まったと考えられていて、中山道の幕末の様子を伝えています。

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15:59 美濃赤坂駅
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16:07発 東海道線大垣行きに乗り、16:14大垣着。

大垣のアパホテルに泊まりました。明日、今日の続きを歩きます。

本日の歩数 35,609歩 21.758km


二度目の中山道25日目(赤坂宿~垂井宿~関ヶ原宿~今須宿~柏原宿~醒井宿)に続く
https://asiandream0804.hatenablog.com/entry/2021/02/12/204017


二度目の中山道六十九次歩き目次1(日本橋から横川駅)
https://asiandream0804.hatenablog.com/entry/2021/03/17/220947


絵手紙1(日本橋から塩名田宿)
https://asiandream0804.hatenablog.com/entry/2021/03/18/101022


二度目の中山道六十九次歩き目次の目次
https://asiandream0804.hatenablog.com/entry/2021/03/21/084003