紗蘭広夢の俳句と街道歩き旅

二度目の東海道五十三次歩きと二度目の中山道六十九次歩きのブログを書いています。今、中断していますが、俳句も書いています。

2021-04-09から1日間の記事一覧

釜鳴屋

案内板 「 長和町指定文化財 竹内家住宅(釜鳴屋)一、指定年月日 昭和五十三年十二月一日 一、所在地 長和町長久保五七九 一、指定の理由 江戸時代の建造物(町家造り)として重要【説明】 竹内家は江戸時代初期の十七世紀中頃より、酒造業と醤油の醸造を手…

長久保宿 旧本陣 石合家住宅

案内板 「 長和町指定文化財 長久保宿 旧本陣 石合家住宅一、指定年月日 昭和五十三年十二月一日 一、所在地 長和町長久保五八九 一、指定の理由 本陣建築として重要【説明】 石合家は長久保宿 創設当時から、江戸時代を通じて本陣と問屋を勤め、四代目当主…

長久保宿歴史資料館 一福処濱屋の由来

案内板 「 長久保宿歴史資料館 一福処濱屋の由来 長久保宿 歴史資料館一福処濱屋は、中山道長久保宿堅町の上位(江戸方)に位置しています。 現在の建物は、明治時代の初期に旅籠 として建てられましたが、中山道 の交通量が減ったために開業には至りません…

吾一庵

東信州中山道公式webサイトより↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 吾一庵 長久保宿 長久保宿の江戸方の端部にあって、江戸末期から明治初期の建物です。兼農で馬を取り扱っていたと伝えられています。 一階には当時の農家の間取りを見ることができ、二階には養蚕を伝える道具や宿場…

松尾神社

松尾神社nagareki.comより↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓松尾神社(長和町・長久保宿) 概要: 松尾神社は長野県小県郡長和町大字長久保字宮所に鎮座している神社です。松尾神社の創建は不詳ですが日本三大酒神で官幣大社である松尾大社(京都府京都市右京区松尾町)の分霊を勧…

笠取立場図版木

案内板 「 笠取峠立場図版木 長門町堅町の釜嶋屋に保存されている版木には、峠の斜面に建てられた江戸期の立場茶屋の様子が写実的に描かれている。当時の峠は、現在の国道一四二号の峠より数メートル南に位置し、路面も今より数メートル高所にあった。今では…

笠取峠竣工記念碑

案内板 「 笠取峠竣工記念碑笠取峠は、古来は東山道、江戸時代は中山道 として東西の交通の要所であった。現在の国道142号は生活道であると共に、関東地方と中部近畿地方を結ぶ重要な産業道路としての役割を果たしている。交通の難所であった笠取峠の道路改…

笠取峠の一里塚跡

案内板 「 立科町文化財 一里塚(笠取峠) 中山道 は、中仙道とも書くが享保元年(1716)に東山道の中枢の道であることから、中仙道と呼ぶとあり、また木曽を通るので木曽路ともいわれ、五街道の内では東海道に次いで、江戸京都を結ぶ主要路線であった。一里…

長野県天然記念物 笠取峠の松並木

案内板 「 長野県天然記念物 笠取峠の松並木 この道は江戸時代の中山道である。 はじめは『中仙道』であったが、享保元年(一七一六)から『中山道』と改められた。 慶長七年(一六〇二)幕府は中山道の整備に着手。この松並木はその一環として同年幕府から小諸…

従是東小諸領

案内板 「 従是東小諸領 この石標は、小諸藩が文化3年(一八〇六) に領分境の東西へ建立したうち西側のものである。 藩領の西端中山道笠取峠(ここより西一・七キロメートル)にあったものの復刻である。これを境に西は幕府領である。 藩領東端の石標は『従是西…

長野県天然記念物 笠取峠の松並木

案内板 「 長野県天然記念物 笠取峠の松並木 この峠道は 近世五街道の一つ中山道 の笠取峠である。徳川政権は、関ヶ原の戦い後の慶長六年(1601)東海道に伝馬制を実施し、翌七年には中山道などにも着手した。 慶長九年幕府は諸街道の改修、一里塚の設置とと…

銅板碑 笠取峠の茶屋

案内板(銅板碑) 「 笠取峠の茶屋 中山道芦田宿と長窪(長久保)宿の間、笠取峠にあり、小松屋と称した茶屋の図(木版画)である。 ここより一・七キロメートルほど上がった峠左側、眼下見事に連なる松並木のはるか東方に、煙たなびく浅間山を一望できる所にあっ…

萬歳 皇代能豊兆

銅板碑 「 萬歳 皇代能豊兆 文久元年(一八六一)仁孝天皇の皇女和宮は 第十四代将軍徳川家茂(いえもち)へ嫁ぐため、中山道を通って江戸へ下った。 京都発文久元年十月二十日、江戸着同年十一月十五日。婚儀は翌文久二年二月十一日であった。 これは、ペリー来…

笠取峠 松並木公園

案内板 「 松並木公園笠取峠の松並木 (長野県天然記念物 S49.1.17) 笠取峠は雁取峠とも呼ばれる。近世五街道の一つ中山道 は京都と江戸を結ぶ重要道路であった。徳川幕府は街道沿いに松や杉などを植えさせた。芦田宿 の西方1kmの地点から笠取峠にかけ約2㎞…

石打場公園

案内板 「 石打場公園『石打場』の地名は奈良、新潟、群馬などにあり、『石打』は当て字で、『石内』が本字らしい。(吉田東伍大日本地名辞書)すなわち、『石内』とは『境界』または石敢当(セキカントウ)の意味があり、『災害除け』または防御示のための…

軽井沢写真、茜屋珈琲店

「軽井沢写真館」(ホームページより)↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ 軽井沢の古き良き時代にタイムスリップしたような、レトロ調の記念写真はいかがでしょうか。 セピア写真の撮影をメインとしておりますが,ご希望によりカラー写真も承っておりますので、お気軽にご相談下さい。…